2009年01月14日

車椅子ってどんなもの?

 車椅子ってどんなものなんだろう。
平凡な日常生活をおくっている私がそんなことを考えたのは、「嘘はついてないし、事故にも遭ってないけど車椅子」(著 栗原 進)を読んだからだ。

 彼は、小学校に入学して前の日は海水浴にも行って。ごく普通の生活をしていた。でも、目が覚めたら、車椅子生活が待っていた。
 本を読んでいくうち、車椅子生活って意外とふいにやってくるんじゃないかという気がしてきた。
著者も文中で、「欲しくもないのに、宅配便で送られてきた」というような表現をしている。


 日本で最初の車椅子ってどんなものだったんだろうか。
ネットで調べてみた。
1921年ごろ、人力車のような回転自動車が元祖らしい。残念ながら製作者不明。
もっと古い日本初の車椅子を知っていたら、教えてほしい。

 また、製作者がはっきりしているものは、1960年頃に北島藤次郎氏がつくった籐製(とうせい)の車椅子があるそうだ。イギリスの車椅子をモデルにつくられたようだ。
 画像なども探してみたけど、よく分からなかった。

 それにしても、なぜ私はこんなにも車椅子にはまってしまったんだろう。
よくわからない。

 車椅子って言葉には、哀しさがただよう。
誰だって車椅子に乗ろうと思って乗る人はいないんだし、そりゃそうだよね。

 でも、なんか明るくできないかなぁ。もちろん車椅子生活をおくる人たちは明るく生きてるわけだけど。

 そんなことも踏まえると、パラリンピックは車椅子の歴史を変えるすごいきっかけだったんだろう。
 パラピンピック以降、デザインや色、機能など。今も車椅子は、改良し続けられていることはとても明るい希望だとは思う。

 なにか自分にできることがないかなんて、よけいなお世話的考えが脳裏から消えない今日この頃だ。
タグ:車椅子 日記
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2009年01月11日

たかちゃんの笑顔

 私が車椅子を初めて見たのは、小学生のとき。

 複式学級のたかちゃんが車椅子にのって入学してきたからだ。当時5年生だった私には、複式学級の意味もよく分かってなかった。
 
 たかちゃんは、ふつうの子どもができることの半分もできなかった。
でもいつも笑ってた。たかちゃんは校門まで車でおくってもらってた。
私の通っていた学校は、急な坂があった。車椅子では、結構な負担になる。坂の上まで、たかちゃんのお母さんかお父さんが車椅子を押していく。坂にさしかかると、子どもたちがわれもわれもとたかちゃんの車椅子を押したがった。たかちゃんの笑顔をみるのがみんな大好きだった。たかちゃんをみるとみんな笑顔になった。

 家庭環境が複雑だった私は、けっこう学校が嫌いで、暗い子どもだった。
ずる休みの常習犯だった。
でもなんとなく学校へ行く回数が増えた。
 学校へ行くと、たかちゃんの教室に入り浸った。
たかちゃんの教室には、トランポリンがあった。トランポリンのある教室なんて!
たかちゃんはトランポリンに乗るにも、車椅子からかかえてもらわなくてはならない。

 しかも、たかちゃんは“きんじす”とかいう病気で、筋肉が弱い。トランポリンにはただ座っているだけでやっとだった。
それでも、私も外の子どもたちも、休み時間のたびにたかちゃんに会いに行った。
 たかちゃんのくったくのない笑顔は、かけがえのないものだった。
なんでみんな、たかちゃんがだいすきだったんだろう。
よくわからない。

 今も車椅子をみると、たかちゃんを思い出す。
筋ジス=筋肉ジストロフィーがどんな病気か知ったのは、ずっと後のこと。たかちゃんは今・・・。

 
 私がもっとオトナで、“きんじす”がどんな病気か知っていたら、たかちゃんとの思い出はもっと違っていただろうか。

 たかちゃんの笑顔が輝いていていたから、なおさら。
苦い思いがこみ上げる。
タグ:車椅子
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2009年01月10日

嫁さんと仲良く手を繋いだり

 結婚して18年、デートもしないし二人の時間も無くなった。
家族で休日に時間が合うと決まってアウトレットモールに買い物に付いていくだけだ。

 正直な気持ち、たまには嫁さんと手を繋いだり、娘と手を繋いだりして見たい。
ブログの最初に嫁のことを書きたいと思うのは、愛してる証拠なのか自分が理解できない。
 愛してると言い聞かせているのか、ブログを始めたのは秘密にしてるけど、ばれたときの為に嫁をテーマにしたのか、随分優柔不断なものだ。

 去年、この世を去った親父の遺品を整理していたら、長年綴られた日記帳が出て来た。当然亡き父は、どんなことを考えて楽しいことや辛いことを日記に記したのか、気になって読んだ。

 晩年はず〜と車椅子生活だった父は、私や兄と一緒に行った時の温泉が楽しかったことや、トイレの心配で外に出たくないことなどを坦々と書いていた。

 私にしたら、きっと、私が死んだときに日記帳だと嫁さんや娘に見られるのは必然と思い、日記は付けていない。

 このブログも見られて良い内容を日記みたいに残したい。
私みたいなタイプは本質的な日記や、随筆は残せないのだろう。

 そう言えば、
父の遺品で長年使った車椅子があったが、捨てるのももったいないし、古い車椅子を寄付する所も思いあたらないので、一番処分に困った。
粗大ゴミで廃棄するしかなかったのだが、何処かに寄付すれば喜んでもらえるような情報は手に入らない!

話が逸れた、


嫁さん、愛しています・・・・
タグ:日記 車椅子
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